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開発の歴史
  概略編(あらすじ)                                  English

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『竜ヶ岩洞発掘記』
引佐町田畑にある竜ヶ石山(359m)の南麓に、鍾乳洞があることはすでに大正時代から地元の人々に知られていた。
附近一帯は、秩父中古生層という古い岩石(石灰岩)で形成され、夕暮にコウモリが飛び出してくる洞窟は
地元の子供たちの探険遊びの場でもあった。
その洞窟の一番奥まったところに、探険に入る度にのぞき込んでは引き返す幅50cm 高さ10cmの小さな窓があり、
そこから吹き出してくる風、そして懐中電灯に照らされた先には、確かに空洞が続いているかのように見えた。
1981年(昭和56)6月より一人で一輪車に粘土を積んでは運び出し、洞窟整備を進めていた戸田貞雄の
理解を得た二人の洞窟愛好家が、「ここを抜ければ、きっと新洞があるはずだ。」そう信じて、
狭い空間にもぐり込み、手掘りでの拡張作業を始めた。


鳳凰の間

洞内気温15℃の中、地下水と粘土をかき分けながら全身泥だらけになり、
まだ見ぬ大空間を夢見て黙々と作業は続けられた。
3日間にわたる作業の末、やっと向こう側に抜け出る事に成功した。
懐中電灯に照らし出された人跡未踏の空間と鍾乳石の数々。
「やった。ついにやったぞーっ。」 
2億数千万年もの間眠り続けていた未知の地底世界が、まるでパノラマ写真のように調査隊の眼前に現われた。
(のぞき込むたびにため息をついては諦めていたその難所は、後に“喜びの窓”と名づけられた。)
そして、数々の難所を突破した調査隊は、ついに「黄金の大滝」にたどり着く。
かすかな水音を追って狭い空間をくぐり抜けると、そこに突如として大空間が現われた。
“地底の滝だ!” 
想像すらし得なかった「黄金の大滝」発見の瞬間である。
水しぶきを上げて落下する地底の滝。

1983年(昭和58)8月に一般公開となり、その後の調査で総延長1000mを超える大鍾乳洞であることが判った。


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