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  開発の歴史
  第一章 探検・調査-1

学術調査中の様子
学術調査
塩崎平之助名古屋大学教授一行による学術調査は、
1978年(昭和53)と1982年(昭和57)の2度にわたって行われた。
洞口より80m地点までの調査で多彩な鍾乳石が確認され、
洞窟が更に奥に続く事を予感させた。

(その予感は、のちに的中する。)
  手前が塩崎教授、後方右が戸田貞雄(1983.3)

探険の様子(「喜びの窓」付近)
未知の地底空間に挑む
その間、浜松ケイビングクラブによって何度も洞内調査されたが、
洞口から80m地点にある高さ10cm程の狭い空間が、その行く手を阻んだ。
 粘土の中を “泳ぐ”ように進む(1981.10)

探険の様子(喜びの窓)
「うらみの窓」を突破する!

 1981年10月、3日間に及ぶ手掘り作業の結果、
それまで行き止まりとされた「うらみの窓」をついに突破することに成功した。
これが、その後に続く大広間や地底の大滝などの大発見の糸口となる。
「うらみの窓」にもぐり込む(1981.10)

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