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  開発の歴史
  第四章 開発者のプロフィール

洞入口にて、戸田昭郎現所長と貞雄氏
地域の発展を願って
貞雄が経営していた石灰岩砕石場の跡地を見て、
  
「この荒れ果てた石山を、何とか蘇らせる事が出来ないものだろうか・・。」と願った。
この一念が、彼を鍾乳洞開発に駆り立てた。
洞窟探検で泥だらけになった戸田貞雄と長男昭朗(1981.12)

「コウモリの間」での貞雄氏
竜ヶ岩洞開発者・戸田貞雄
1907年(明治40年)10月、浜松市北区引佐町(旧奥山村)に生まれる。
1978年(昭和53)に調査した名古屋大学塩崎平之助教授の「地形的に見て、鍾乳洞のある確立は高い。」
という一言に、貞雄はある確信を抱く。

「この下には、必ず“地底の花”がある!」
1981年(昭和56)6月、74歳の貞雄はスコップと一輪車を手に竜ヶ岩洞開発の一歩を踏み出した。
“地底の花”を掘り当ててみせる・・”
約2年半に及ぶ難工事の末、荒れ果てた採石場の跡地が年間50万人を越える観光鍾乳洞として蘇った。
洞窟に懸けた情熱が、“地底の花”を咲かせたのである。
時に貞雄、76歳であった。
「コウモリの間」付近にて(1981.12)

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