洞窟の利用『墓地』


墓地としての洞窟の利用は、旧石器時代に遡ります。
1960年に、中東の洞窟内に埋葬された約5〜6万年前のネアンデルタール人(旧人)の骨が、
アメリカの人類学者ラルフ・ソレッキによって発見されています。
この洞窟はイラク北部のザグロス山脈にあるシャニダールという洞窟で、
埋葬された人は、40歳前後と推定されています。
(現代人の80歳位に相当。)
丁寧に埋葬された墓の土を分析したところ、沢山の花粉が確認されました。
その花粉は、小さな青い花を房のようにつけるムスカリという野草や
黄色い小さな花を沢山咲かせるノボロギクの花粉と分かりました。
このことで、当時の厳しい氷河期の生活環境にもかかわらず人の死をいたみ、
丁寧に掘られた墓穴を美しい花で埋め尽くしたネアンデルタール人の優しさや精神文化の高さが証明されました。
この発見によってネアンデルタール人のイメージは大きく変り、
現代人と同じホモ・サピエンスの仲間と認められるキッカケになりました。

日本では、大分県本耶馬渓町にある枌(へき)洞穴で、
縄文時代の人骨が、土器や石器の副葬品と共に発見されています。
洞窟の利用「住居」で紹介した山形県高畠町の加茂山洞穴、大師森山洞穴、地獄岩洞穴では、
箱式石棺を据えた洞穴古墳として副葬品の勾玉や金銅製の耳飾り、刀や鉄鏃などが見つかっています。
自然洞穴を利用した洞穴古墳は、大変興味深い例と言えます。
また、人工的に崖の斜面を掘って埋葬した横穴墓群として、埼玉県吉見町の『吉見百穴』や石川県加賀市法皇山横穴群があります。

群馬県月夜野町の『八束脛洞窟遺跡』では、火葬された34体以上もの弥生時代の人骨片が発見されています。
暗くて、閉鎖的な洞窟環境が、死者を埋葬するのに好都合だったのかもしれません。

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