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巌洞絵図
日本最古の洞窟測量図(絵図)

*下記の各図は、『巌洞絵図』のコピー版です。

『巌洞絵図』のコピー

「滝沢鍾乳洞の洞内測量図」と比べて下さい。

   絵図の内容
    『巌洞絵図(がんどうえず)』は、滝沢鍾乳洞を詳細に描いた絵図面であり、
天井、床面、左右の壁面(側面)図から構成されています。
これら4枚の絵図面は“起し絵図(おこしえず)”になっており、
4枚を上下左右に合わせて箱のように組むと、洞窟内を立体的に実感できます。
天井と床面図の大きさは縦80cm×横120cmであり、
厚手の和紙に墨で描かれ、鍾乳石などの景観部分には、朱や白墨が使われています。
また、壁面図の中に描ききれない部分や立体的な描写が必要な部分は、
“起し絵”の技法が用いられ工夫されています。
人がやっとくぐり抜けるような狭い支洞の様子も正確に描かれており、
当時の測量技術の高さを物語っています。
この『巌洞絵図』は江戸後期に描かれたものとされることから、
日本に現存する最古の精密な洞窟測量図(絵図)として貴重な史料と言えます。
(原図:引佐町金指 実相寺蔵)

起し絵(おこしえ)”と彩色部分



   絵図発見のいきさつ
     この絵図面は、1991年に引佐町教育委員会が町史編さん事業での史料収集中に、引佐町
   奥山の方広寺の宝蔵庫より発見されました。 この宝蔵庫内は、明治14年以降手が付けられ
   ていないという事から、それ以前の物と推定されます。
   さらに、昭和6年に発行された遠江郷土研究会の会誌第4号(浜松市中央博物館蔵)には、
   引佐町出身の江戸後期の和算家(数学者)渡辺謙堂(兵治)によって滝沢鍾乳洞の洞内図が
   描かれたと明記されており、昭和6年の謙堂遺作展においてその図が展示された事が紹介さ
   れています。
   近年、謙堂の書き表わした『遠州小図』の筆跡比較などからも、謙堂のものとされています。


   渡辺謙堂について

    渡辺謙堂は、1809年(文化6)に静岡県引佐町金指(かなさし)村の紙商家に生まれました。
   数学や測量技術を学んだ謙堂は、1852年(嘉永5)に浜松近辺の測量図である『遠州小図』を
   書き表わし、1855年(安政2)に亡くなりました。

    

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